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☆作者の独り言☆


精神性の中の作品曼陀羅

我が精神の核を求めて。(精神パック詰め)

あらゆる自己表現の中より自分自身の姿を求めて。
自己の中より湧き出ずるイメージ。
その一つ一つに隠された、連鎖の形。
それぞれの作品のポイントをつなげたとき、自己の核をなすモノの姿は現れる。
そこに到達の時、すべては始まる。
限りなく遠く、限りなく近い、そのものこそがマインドポイント(精神の点)
そこにすべてを開く鍵は存在する。
それを開くとき、そのとき何が己自信に起こり、始まるのか。
まだ見たことも、感じたこともない、そのものは、自己の精神と、この広大なる大宇宙とを結び、
そこに偉大なる存在があることを。
存在、 それはすべてを司るモノ。
いつ開くことが出来るのか、そのマインドポイントを。
これはかつてより、私自身の自己追求というテーマに基づき、作品制作という手段によって、
自らを見つめ、自己のなんたるかを知ろうとした30年あまりにわたる活動の形であり、結果である。
未だ最終結果にはほど遠く、至ることはないが、今の段階で、何らかのおぼろげな形が見えてくることを
望みながら、一つの曼陀羅的形態に納めてみる。
そのことによって何かが得られるかは未知数であるが。
30数年間のあらゆる方向からのアプローチの作品制作による自己の追求。
それがこれからの方向性を指し示す。

捨てられしモノ達

廃墟の中にうごめくモノ、 苦しみと無念さ、 失望と虚無感。   
打ちひしがれ、砕かれ、 苦しみに耐える。   
無用なモノと化される、 人とは見向きもしない。
どれほど人のために  尽くしただろうか。 
無惨!  人は、美しきモノへと目を向ける。  
無用となったモノは、卯もなく捨てられる。  
再び甦るモノは、その中のほんの一握りにすぎない。
ほとんどのモノは、 錆、 腐り果て、 
大地へと帰するであろう事を願いながら、 しかし
長き時の間 風雨、ほこりにさいなまれながら腐り果てるのを、じっと耐えねばならない。  
まだ使えるモノもあるという。  
そんな中  残酷にも姥捨て山さながら、 捨て去られる。 
機械が機械としての生命は、 人の役に立つこと。 
だが、 多くの人は、 飽きてしまえば すぐに捨ててしまう。 
彼らの叫びは、 人には伝わらない。  
すべてはむなしく  空の彼方へと消えてゆく。
 

story part1

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