☆作者の独り言story シリーズ part2☆


   変  貌 (Transform)              文生

1

「ドクターどういたしました」  私はドクターの様子に驚き、思わず叫んだ。
「こ、これはいったいどうしたことだ、信じられん、こんな事が実際にあるとは、これを見てみたまえ」
ドクターはこれ以上開けないだろうと思うほどまぶたを見開き緊張した口調でいった。
ドクターは完全な現実主義者で実際に自分の目で見、確かめない限り物事を容易く信じたりしない人である。
ドクターは私に先ほど解剖して切り取った肉片の一部を電子顕微鏡にセットし、調べていたモノだった。私も緊張した面持ちでそれを覗いてみた。そこにはまさしく存在していたのである。
「すぐにモニターに映し出してくれたまえ」 ドクターは堅い口調でいった。緊張のあまり口がこわばっている様子である。
私は夢中で目を凝らし、細部にわたって見落としの無いようにと神経を集中して観つめていた。
私の脳裏をかすめたものがあった。それは以前ある友人から聞いた話である。その話については今の今まですっかり忘れていたのだった。
その時かすかに、耳もとに外からの声が飛び込んできた。 「急いでモニターに映してくれたまえ」
私は夢中でファインダーを覗きながら以前友人から聞いた話を思い出そうとしていた為、その言葉がよく聞き取れなかった。
ドクターはもう一度堅い声で、少々大きめに言った。
「ハッ!」と私は我に返った。 以前から一つの事に集中すると他が見えなくなり何を言われても気がつかないという状態に陥りやすいのである。
「はい」とあわててとりあえず返事をする。すかさずモニターの用意に取りかかる。
「その部分をもっと拡大して」 あらゆる角度から調べられるよう、電子スクリーンに映し出すのである。それはコンピューター制御によるもので、あらゆる検査がこの機械によって行うことが出来るのである。
ここはある大学病院の特殊細胞の研究室である。我々の主な研究は細胞の突然変異に関する研究をしている。
たまたま今日は、警察の検査官の依頼で、異常とも思える死体の検査を頼まれたのである。
たまに、他で手に負えなくなったものを、こちらに持ち込むことがあるのだ。
こちらとしては、他の研究にも使わせてもらうので、いやがらずに引き受けているのであるが、と言うより助かっているのである。
ドクターと私は、スクリーンに拡大されたモノにしばらく見入っていた。
持ち込まれた死体は全体が焼けこげていて見る影もなく、ただその物体は、人の亡骸に対して物体とは、なんて罰当たりなと、おしかりを受けるかもしれないが、何せ、そのものはとてつもなく我々に恐怖を抱かせるのである。
人知を越えた奇妙な、かつて生物であったらしいそのものの姿は獣のような、爬虫類のような、はたまた魚類のようで、どことなく昆虫的な造形も漂わせている。様するに今まで見たことも聞いたこともない想像を絶するモノであるが、何か基本的造形性の中に、人間的要素を伺うことが出来る。
事件の現場に居合わせた人の証言によると。確かにそのものは人間であったと証言しているらしい。
しかしスクリーンに映し出されたモノは、明らかに、我々とは異なった細胞組織をなしているのである。
それは、細い血管のような管状のモノが何本も無数に配列されている。ただそれらの組織の中に、我々と共通するモノもあった。  

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