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yumemimyou

第二章 ミセス・ロビンソン


・・・二〇  浮遊・・・


  「オイ、夢見、どうしたんだ、気持ちでも悪いのか? オイ、オイ、リュウちゃん、どうした」
「エェッ、ジーンか? なに、どうして、ここにいるの?」
「なに言ってんだ・・・どうしてじゃないよ、話してる途中で横になったかと思ったら、動かなくなっちゃってさ、気でも失ったのかと思って、心配したぞ。寝てたのか?」
「アレ? 確か、箱の中で横になったはずなんだけど、あっ、そうか、あれは話をしてて・・・」
「なに寝ぼけた事をいってるんだ、しっかりしろよ・・・でも今日のアーチェリーは面白かったよな」
「ワシはちょっと満足できないよ、もっと命中できると思ったんだけれどもな、結構難しいんだな、アーチェリーって」
「あっ、竜崎、そこにいたのかって、ここはどこ? アレ? どうしてこんな所にいるんだ、さっきまで、竜崎と二人で部屋で話をしていたんだよな」
「なにバカな事を言っているんだよ、さっきから三人で今日やったアーチェリーとテニスの話をしてたんじゃないか」
「アーチェリーとテニス? ここは、いったいどこ?」
「どこって、まだ寝ぼけているのか? クラスの連中と、学校の山小屋に来ているんじゃないか、お前そんなに酒を飲んでいたのか?」
「酔っ払ってなんかいないよ、でも、変だな、覚えてないぞ、いったいどうなっているんだ」
「どうなっているって、こっちが聞きたいよ、今日の事覚えてないのか? ふざけているんだろ、こいつ、どうにかしてやってくれ、知念」
「本当だ、向こうの部屋に他の連中もいるな、夢でも見ているのかな」
「なに言ってんだよ、夢なわけないだろ、お前は夢だけどって、まぎらわしいな。おまえ頬でもつねってみるか?」
「痛い! 夢じゃないな、僕は夢だけど」
「何度も、しつこい! 本当に、つねったのか、お前どっかで頭打ったか?」
「そんな事ないよ、たぶん、ないと思うんだけど」
「なんか、自信なくなってきているな、夢ちょっと休んだ方がいいんじゃないか? 少し横になっていれば」
「うん、なにが何だか訳がわからなくなっちゃったな、疲れたからちょっと横になるよ」どれくらい、寝たであろうか、鳥たちの鳴く声に目を覚ました。
「ハッ! 寝ていたのか、アレ? みんないないよ、どこ行っちゃったんだ、向こうの部屋で寝ているのか。外が、だいぶ明るくなって来たな、もう朝なんだ、それにしても本当に山小屋に来てるんだな、でもなんかちょっと違うな、なんか引っかかるんだよな、まあいいか」私はだんだんと明るんでくる外を眺めていた。
「アレ? こんな朝早くに誰かが外へ出ていったぞ、どこへ行くんだろうな、気になるな後をつけてみるか、よし!」他の寝ている連中を起こさないように、忍び足で部屋を出ていった。
「エーと、僕の靴は、どこだ? たくさんあるから探しきれないな、あったあった、早くしないと、見失っちゃうよ」丸太を埋め込んだ曲がりくねった細い階段を急いで降りていった。
「よし、この道だな」二百メートルほど行くと、そこはもう山道で、切り立った山の斜面と、片側は谷である。
「あっ! 綺麗な朝焼けだな、山の朝焼けは一味違うわ」谷側を見ると、そこには見事な黄金色とコンポーズブルーや、その他言葉では表現できないような鮮やかな色が、時間と共に千変万化し色彩の妙技とでも言った感がある。私は、しばらくその光景に見入ってしまった。
「カメラを持ってくればよかったな・・・、オヤ? このふくらみは、あっ、ポケットカメラだ! あっそうか持っていたんだっけ、ちょうどよかった写真でも取ろう」しばらく、夢中で写真を取っていた。
「あっそうだ、いけね、こんな事をしていたら見失ってしまうよ、もう見えないな、急いで追っかけよう」早足で十五分ほど、歩いたであろうか、それでも追いつく事は出来ない、そのまましばらく歩いて行くと、狭い山道から突然空間が広がった。
「なんだ? 世界が変わったな、もしかして異世界にでも迷い込んだのか? なんでこんな山深い所に広い空間があるんだ、さっきまであんなに視界の狭い山道だったのに、なんだよ、この広さは!」不思議な感覚に襲われ、追いかけていた人物の事など忘れていた。
あまりの美しさに感動さえ覚える、それは別世界と言ってもいいかもしれない。私はその野原、いや天国にでも迷い込んでしまったのかと錯覚するほどだ。
「本当に広いな!」私はその場所を、あてもなく歩き始めた。
「なんか空気も、清々しくておいしいな」お花畑と言った方がぴったりとするような、その草むらに寝転んでみた。
「気持ちいい! こうやって大の字になってみたかったんだよな、東京じゃあ、深呼吸なんかしたくもないけど、こういう所だと自然とやってしまうよな、スーッ、ハーッ、あーぁ、なんか、陽気もいいし眠くなるな」夏の早朝は、涼しくてとても清々しいのである。独り言を言いつつ、ウトウトと、してしまった。




 「ハッ! なんだ今のは?」私の横をなにかが通り過ぎたような気配に、眠りから覚めた。
「いけね、また居眠りをしてしまった」周りを見回しながら立ち上がった。すると遠くの方に人影を見つけた。
「あっ! あそこに誰かいる、行ってみよう」あたり一面、これと言って隠れるものもない。
「見つかってもいいや、近づいてみよう」あと百メートルといったところで、その人影は、突然と消えた。
「アレ? いなくなっちゃった」慌ててその場所まで走り寄る。
「アッと! 危ねえ、なんだこの穴は、井戸かなんかの跡かな、気が付かないで歩いていたらいて落ちるところだったな、危ない、危ない」そこには、直径百二十センチほどの丸い穴が開いている。周りには二十センチほどの高さに、石が積まれているが、けして綺麗ではない、草ボウボウと言った状態で、知らずに横を歩いていれば気が付かずに通り過ぎてしまうかもしれない」
「ひょっとしたら、先ほどの人は、気付かずに落ちてしまったのではないのか? ちょっと覗いてみるか」私は、足元に気を付けながら、穴のふちの石に足を置き、覗き込もうとした、その時。
「危ない!」ガラガラ、ズルっと石が崩れバランスを失った。
「オットットット、あー怖かった」やっとのこと、なんとか踏み止まリ、ホット胸をなでおろした、次の瞬間。
「ウワー! たすけてくれー」何者かが、背後より両足のひざの後ろを押したのである。子どもの頃にいたずらをした事がある者なら分かるであろう、私の両足は糸の切れた操り人形さながら膝からカクンと折れ曲がり、力を失い、そのまま穴の中へと滑り落ちた。
「これはなんかの間違いだ、そんなバカな事が、俺は死ぬのか! どうして! ああぁー」声にはならない、叫び声をあげた。
「あれは誰なんだー?」薄れゆく意識の中、私は、鮮明に思い出していた、その瞬間を。
それは、あたかも、スローモーションのように、落ちる瞬間から、そして落ちながら上を向いた時、そこには、穴の口がだんだんと小さく青白い光の円となって、その中に、こちらの方を見つめる一人の顔が、逆光にもかかわらずハッキリと見て取る事が出来た。その顔は満足そうに笑っているように思えた。だんだんと小さくなっていくその光の円は、見えなくなるまでに、さして時間は要らなかった。彼は暗闇へと落下速度を上げながら真っ逆様に落ちて行ったのであった。
落下して行く中、あまりのショックの為か、意識を失ってしまった。
どのくらい、気を失っていたのであろうか、何かが手に触れたというか、ぶつかった、その衝撃で気が付いた。
「なんだこの風圧は、瞬きをしても、ただ真っ暗なだけだ、風を切る音で耳が痛い、それに息苦しい、俺は生きているのか死んでいるのか、どっちなんだ? それとも、これは夢なのか? 夢なら早く覚めてくれ」私はただひたすら落ちて行った。底無しの穴であるかのように。
「どう考えても数時間は経っているはずだ。それなのにまだ底に着かずに、落ち続けているって言う事はどういう事なんだ。そんな事があるわけがない、やはりこれは夢なんだ、こんな事が現実なんかであるわけがない、そうだ、早く夢から覚めなければ」そうこう考えあぐねている内に、なにやら周りの様子の変化に気付く。
「んっ! なんだろう、急に風音が変わったな、さっきほど、うるさく感じなくなったぞ、息苦しさも、だいぶ楽になったし、どうしたんだ? 慣れてきたのかな、そうか? そうじゃないよな、そういえば風の抵抗も弱まってきたし、何だか宙を漂っているって言った感じだよな、風音も何だか空間的な広がりを感じるし、これでちょっとでも周りの様子が見れれば言いのだけれど、そう世の中都合よくはいかないか・・・アレ! いま何か光ったような、アッ! また、あそこにも、あっちにもだ、光の粒が増えているぞ、なんだろう、とても綺麗だ、無数の光の粒がまるで夜空の星のようにきらめいている、宇宙空間に一人浮かんでいるようだな、蛍か夜光虫でもいるのかな、どっちにしてもすごく綺麗だな」
私はしばらくその心地よい感覚に浸っていた。
「かなり、この穴は広いな」全体がぼんやりと見えてきた。
「そう言えば落下速度が、かなり、ユックリになっているな、どういう事だ? 万有引力に反しているぞ、それとも、やはりオレはもう死んでいるのかも、そうか、これが地獄なのか、そうだよな、どう見ても天国って言った感じはしないよな、でもちょっと幻想的で綺麗だな、でもそんな事をのん気に言っている場合じゃないか、このままどこまで落ちて行くのだろう? と言うより、ここは何処?」私は、何をどうして良いのやら、まったく分からぬまま、一人考えあぐねていた。
「なんのかんの言っても、もうかなり時間は経っているぞ、空の上を漂っているなら、未だしも、いくら星空のように綺麗だとは言っても、こんな底無しの洞穴をいつまでも漂っていても仕方ないし、なんとか考えないと、どう考えても現実ばなれしているし、そうだ! もしこれが夢だとしたら、もう一度寝てみれば、起きたら夢から覚めているんじゃないかな、それだ! 寝よう、目を瞑ってと――瞑っても開けてもあまり変わらないんだよな、まあいいか、ねむれー、ねむれー、あなたはだんだん眠くなる、ほーら、まぶたが重もーく、なってきたって、自分で言ってたら、なおさら眠れないや、困ったな、まだ全然眠くないもんな、焦るとなおさら眠くなくなるよ、一人で、こんな事、やってるの疲れるな、なんか疲れて眠たくなってきたな、エー、今、眠たくなってきたって言ったよな? 良かったって、いけね、また目が覚めちゃったよ、何やってるんだ、バカ、自分に怒ってどうするんだよ、ほとんど分裂症だな」暗闇に一人でいると、だんだんおかしくなる様である。
「一人で笑い出したら、お終いだな、気をつけよう、そうだよな・・・ アッフアー・・・」大きなアクビをした後、いつのまにか眠り込んでしまった。


第二章 二一 廃墟の町

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