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第二章 ミセス・ロビンソン


・・・六  アリスの思い出・・・


 ハウスに引っ越して数ヶ月が経ったある日のこと。
「竜崎、玄関の前で猫が鳴いてるぞ」龍生は猫の鳴き声に気が付き、ベンを呼んだ。
「どれ、あっ、白い猫だ、何処の猫だろうな」
「のら猫じゃないのか? なれなれしいな、この猫」
「何処かで飼われていたのかもしれないな」
「勝手に家の中に入って来るぞ、図々しいやつだな」
「なんか食い物でもほしいのかな、これでもやってみるか、ほら、食べるか?」ベンはテーブルの上にあった食パンの耳をちぎって与えた。
「僕は、猫は飼ったことないんだ。子供のころ、よく近所の猫をからかっていたけどな、竜崎は、以前猫を飼っていたって言ってたよな」
「ああ、新聞配達してたころに、そこの下宿で、これと良く似た白い猫を飼っていたな。この猫より、もっと小さかったけどな、アリスって呼んでいたんだ」
「なんかここが気に入ったみたいだな、この猫」その日は、そのまま部屋の中をうろつき、帰ろうとせず、夕方ごろになってもその猫は、まだ部屋でのんびりとしていた。
「やっぱり野良猫かな、まあ、どっちでもいいけど、牛乳でも飲ませてやれば」龍生はベンに言った
。 「飲むか? ホラ・・飲んでるな、けっこう人馴れしてるな」
「ここに居たいのなら、好きにさせておけばいいんじゃないの、飽きたら帰るだろ」
 翌朝。
「まだ居たのか、どうすんだ、この猫」玄関でウロウロしながら鳴いていた。
「外に出たがってるみたいだな」ドアを開けると外に出ていった。
「自分のおうちに帰るのかな、それじゃあね、バイバイ」龍生は猫を送り出してやった。
 その日の午後。
「また玄関で鳴いてるぞ」ベンが玄関で騒いでいるので龍生も部屋から出て見に行った。
「入れてやれば」
「なんかほしいのかなあ」
「牛乳でもやれば」
「猫は煮干が大好きなんだよな」ベンは猫を飼った経験があるので慣れているらしい。
「買ってきてやるか?」龍生はベンに尋ねた。
「うん、そうだな」
「それじゃあ、後で買い物に行こうか」
 その後も毎日のようにハウスに来て朝までいて、また気が向くと外に行って遊んでくるといった行動をしていた。
 ある日の事、猫が台所にオシッコをしていたので、すぐに二人で古くなった現像用のバットに、砂を敷き、急ごしらえのトイレを作り台所の隅に置いた、 ベンはしつけをしなければダメだと、しってしまったオシッコの所に猫の顔をこすりつけ言い聞かせていた。
「こんな所にしちゃあ、ダメ! わかったか? ここがトイレだぞ、いいかわかったか?」
「ここですればいいけどね」
「しつこく教えれば、するようになるよ、前に飼っていた猫もちゃんとやっていたから」
「猫って呼んでるのもおかしいから名前をつけようか、ジーンが起きてきたら三人で考えよう」
「出入りできるように、ワシの部屋の戸を少し開けておいてやるよ」ベンは猫好きのようである。
「それじゃあ、買い物に行こうか」
 食料や飲み物といっしょに煮干を買って来たころには竜人も起きていた。
「ジーン、猫に名前をつけようぜ」龍生は竜人に話し掛けた。
「コーヒーでも飲みながら決めるか」ベンは、いつものようにM・J・Bの緑の缶を取り出し、コーヒーを入れる。
「お湯を注いでしばらく置いて、それからゆっくりと縁に沿って円を画くように、泡を消さないように気をつけてな」竜人が細かい指示を出す。
「わかってるって、まっかせなさい」と、ベンが入れる。
 みんなでコーヒーを一口のみ。
「ンーッ、違いのわかる」竜人が一言。
「だれが!」即突っ込みを入れる二人。
「ところで、名前、なんてしようか」龍生が切出す。
「そうだな、その猫、オス? それともメス?」
「ちょっと待ってろ、確かめてみるから、エーと、わかりにくいな、ンーッと、何にもないな、ついてないからメスだな」ベンがためらいもなく調べた。
「メスか、それじゃあ、タマかな」龍生もだいぶ貧素な発想である。
「タマは、ないだろ、メスなのに」ベンがズレたダメだしをする。
「いや、そういう意味じゃなくてさ、それってなんか、にっぽーんて言う感じじゃないか、それならいっそ、田吾作ってつけちゃえよ」   竜人が面白半分に言う。
「それなら、おっぴょんって言うのはどう」龍生も続けて。
「なんだ、おっぴょんって、わけわからーん」ベンの二回目のダメだし。
「じゃあ、いぬって言うのは?」龍生のバカ意見。
「猫なのに犬ってか、それじゃあ、羊でもトラでもウサギだっていいじゃないか」竜人のダメだし。
「オイオイ、そんな言ってたら限ないな」ベンが言う。
「そうだ、竜崎が前に飼っていた猫の名前、アリスだったよな」龍生は先日のベンとの話しを思い出す。
「アリス? いいんじゃないか」竜人も気に入ったようである。
「ふしぎの国のアリスって言った感じかな」龍生が言う。
「それほどのもんでもないけどな。まあいいか」竜人がアリスの方を見ていった。
「オイ、アリス、おまえだよ、おまえ」突然言われたアリスは、なんの事かとキョトンとした顔で竜人の方を見ている。
「そうだ、煮干を買ってきてやったから煮干ご飯を作ってやろう」台所から持って来た煮干をベンは口に含み噛み砕き、それをご飯の上に吐き出し混ぜた。
「気持ち悪いことするな」突然のその行為に龍生は引いた。
「この位のことしてやらなきゃだめだよ、こうしてやらないと食べにくいんだよ」
「ヘーエ そんなするんだ、ちょっとできないな」二人の話とは関係なしに、アリスは横で美味しそうに、それを食べていた。




 それから数日がたったある日、龍生が裏庭で洗濯物を干していたときの事。
「オッ、ちょうどいいや、ちょっとお前たちに言っておきたい事があるんだけどね、他の連中はいないのかい?」ミセス・ロビンソンが何か言いたげに近寄ってきた。
「え、ええ、中にいますけど」少々身構えた様子で返事をする。
「ちょっと呼んどいで」
「はい」その日は竜人もベンもすでに洗濯物を干した後だった。
「あの、呼んで来ましたけど、なんか?」
「どうしたの、なんかあったの?」ベンが恐る恐る出てきた。
「なに?」竜人も何事かと。三人とも、また何を言われるのかと戦々恐々としていた。
 ミセス・ロビンソンは、我々の干してある洗濯物のパンツを手に取り、ジロジロと見ていた。
「お前たち、最近猫を飼っているだろう」
「ええ、居ますけど、飼っているって言うんじゃなくて、勝手に入ってきたから世話をしているんですけど」龍生が言い訳じみて言った。
「飼っちゃいけないなんて言ってるんじゃないんだよ、あの猫はだいぶ前からこの辺をうろついて、いろんな家で餌を貰って生き延びてる猫なんだよ、 その猫の世話をしてやっている事はいいんだけどね・・・なんて呼んでんだい」
「アリスって呼んでます」
「お前たちにしちゃあ、かわいらしい名前を付けたじゃないか、そいでだね、話はこれからなんだよ、昨日、お前の所のアリスが、 うちの旦那のベッドで勝手に寝ていた所に、基地から帰ってきたボブが出くわし、カンカンに怒って大変だったんだよ。何処の猫だって怒鳴ってさ、 お前たち、その猫を飼うのなら飼うでちゃんと責任を持って飼いな、そうでなきゃ、ヨシナ、わかったかい、それからついでにだね」
「まだ、あるのかよ」三人とも心の中でささやいた。
「夢見のパンツは良く洗ってあるね、シミも良く取れてるし、知念のパンツはまだちょっとシミがあるな、竜崎のは一番汚い、洗濯がへたくそだ、 と言うよりそれ以前の問題だ、いいかいよくお聞き、洗濯って言うのはだね洗濯機に入れて回せばいいってもんじゃないんだよ、 ちゃんと肝心な所は手もみ洗いをするんだ、いいね」一人一人のパンツを触りながら楽しそうに話す。
「あのっ、僕はちゃんと手もみ洗いをしてます」透かさず返事をする龍生。
「夢見は洗濯が上手だ、いいぞ」
「あとの二人、わかったかい」
「ハイ」二人は低い声で、いやいや返事をした後、龍生を一瞥する。
「しかし、見れば見るほど、どれもこれも汚いね、竜崎のは、なんだいこのシミは」
「カビだと思います」
「カビ! なんでパンツにカビが生えるんだい」
「いや、あのぅ・・・」
「ハッキリ言いな、あらいざらい吐くんだよ」
「それじゃあ、取り調べみたいだな」龍生は小さい声で言った。
「なんだい? 夢見」
「いや別に、なんでもないです」突然矛先がこっちに来たので焦った。
「ああ、そうかい、それなら別にいいんだけど、それでどうしたんだい、竜崎」
「パンツを三、四回裏返しながら履いて、もう無理だろうというところで新しいのに着替えて、汚れたのは押入れにいれておき、 そうこうしている内に汚れ物が山盛りになり、洗おうとした時にはカビだらけになっていたんです」
「汚いねー、サルマタケでも生えていたんじゃないのかい?」
「良くご存知で」
「バカいい加減にしな」
「すいません」なんで叱られなければいけないんだとベンは思った。
「バカだな竜崎はこんな時に冗談なんか言ってんじゃねえよ」
「よけいな事を言うんじゃないよ、夢見」
「ほら怒られた」ベンは、小さな声で龍生に向かって言った。
「それからだね」
「まだ、あるのかい」と、突っ込みたくなる。
「お前たちの中で一番精力が強いのは、知念だな、次が夢見、一番元気のないのが竜崎だ、お前は名前負けしているな、強そうなのは名前だけだな。 あたしには、わかるんだよ、なんで、わかるか知りたくないかい」勝ち誇ったような顔をして言った。
 三人はと言えば、なにを言い出すのかと、あきれて、大きなお世話だといったところである。
「あのね、あたしは、お前たちのオシッコの音を庭で良く聞いているんだよ、一番勢いがあるのが知念で次が夢見、音に勢いがないのが竜崎だよ、 オシッコの音と精力とは比例するんだよ、わかったかい、面白いだろ、ハッハッハッハッハッハァ」と、高笑いをしながら家の中へと去っていった。
「何なんだ、あの、おばさんは、変態か!」ベンはかなりひどい事を言われたショックで、切れかかっていた。
「わっからん」いつもの竜人のセリフである。
「疲れたな、コーヒーでも飲んで一休みしよう」龍生は早く部屋に行って休みたかった。
「そうするか、ベンソン、コーヒー入れて、んっ? ベンソンどうしたんだ?」竜人は目ざとく、ベンの様子の変化に気付き、薄笑いを浮かべた。
「なんでワシだけが?」
「なんか元気がないねー、どーしたのかな、きみぃー」
「うるさいよ、ほっといてくれ」
「オッ、なんか怒っているみたいだね、これは、ほっとけないな、目から水が出てるぞ」
「エッ!」ベンは、目をこするしぐさをした。
「ウソだよ、かなりショックだったようだねえ、さっきのミセス・ロビンソンの話しは」
「畜生、お前等はいいよ、夢は洗濯を誉められたし、知念は精力が一番だとかで、ワシなんか何もかもぼろクソさ」
「竜崎の話にはなんか臭そうなものが出てくるんだよな、屁とか糞とか、しまいにはカビパンツだものな、たまらないよな、臭くて、オマケに名前もベンだし」 龍生はからかい半分に言った。
「このやろう、名前をオマケにするな、夢も知念も覚えていろ」




  翌日のこと。
「こいつ結構頭良いぞ」犬のようにアリスの首に紐をくくり付け、その紐を柱に結わき、アリスの手が、ぎりぎりで届くか届かないかといった所に煮干を置き、 必死で手や体を伸ばして、なんとか取ろうとしているしぐさを見て龍生は面白がっていた。
「夢、なにやってんだよ」先ほどから、不信そうに眺めていたベンが近寄ってきた。
「知能指数の検査」
「どこが知能指数の検査だよ、ただ、からかっているだけじゃないか、そんな、かわいそうなことするな」
「でもな、こいつ頭良いんだぜ、いいか、こうやって置くだろ、知らん振りしてるだろ、もう少し近づけると、ホラ、素早いだろう」ぎりぎり取れない煮干を二、 三度必死になって取ろうとしていたが、取れない事が分かると、あきらめた様に知らん振りをする。徐々に近づけていくと、横目で見ていて、取れそうな所に来ると、 透かさず取りに来るのだ。
「なあ、頭良いだろ」
「頭がいいと言うか、結構ずるがしこいな、と言うか、なに下らん事してるんだよ」
「いいじゃん、からかうの好きなんだから」
「お前、性格悪いな」
「そうか? それほどでもないよ、さぁ、次は何して楽しもうかな、そうだ! 宇宙飛行士の訓練でもするかな」
「何をするつもりだ、いい加減にせい!」
「いい加減にする」
「あっ、そうだ、そんな事より、昨日干しておいた洗濯物が無いんだけど、夢知らないか?」
「エッ、どの洗濯物? 僕のは、さっき取り入れたけど、無くなってなかったぜ」
「いや、無くなったのは、ワシのパンツなんだ」
「エッ! あのカビパンツか? 持っていく奴なんか誰もいないだろ」
「そういう言い方は無いんじゃないか、昨日の今日だし、まだショックから完全に立ち直っていないんだから、まあ言われても仕方ないんだけれど」
「そう言えば、さっき取り入れるときに、竜崎のカビパンツだけ無かった様な気がするな」
「それじゃあ、夜中か、朝早く、誰かが持っていったのかな」
「一応、ジーンにも聞いてみようか?」
「そうだな、いや、でもまたからかうネタにされそうだしな」
「まあ、しょうがないよ、とりあえず聞いてみよう」
「トントン、ジーン! 返事がないな、中尉居ますか?」
「何かね? 君たち。それと、居ますかではなくて、おりますか、だからね、注意したまえ」竜人が、咥えタバコにふんぞり返った格好で偉そうにして部屋から出てきた。
「そんな事はどうでもいいんだけれど」
「あれあれ」竜人はいきなりズッコケル。
「あのさ、いきなりなんだけど、竜崎のパンツ知らないか?」
「なんだそれ? そんなもの知っているわけ無いだろ」
「そりゃそうだよな」
「何かあったのか?」
「あったって言うかさ、おかしな事なんだけれどもさ」
「ワシが言うよ、あのな、実は・・・」
「早く言えよ」
「ワシのパンツが無くなったんだ」
「パンツって、カビパンツの事か?」
「カビ、カビって、あんまり言わないでくれよ」
「言わないでくれよって言ったって、なあ、本当の事だから仕方ないよな」竜人は笑いをこらえている様子である。
「そうやって二人でいじめるのか、昨日の事でもまだ、かなり引きずっているのに」
「ミセス・ロビンソンの言った事か、気にするなよ、本当の事だから」龍生も一言。
「なおさら気にするわ、慰めにならんだろう」
「慰めている気も無いし」
「よけい悪いわ」
「君たち、いい加減にしなさい、低俗な争いはそれくらいにして」
「低俗とはなんだよ」
「そうだよ、ジーンが一番バカにしているよ、なっ、竜崎」
「そうなんだよな、いつもおいしい所だけ持って行っちゃうんだよな、知念は」
「それで、パンツの話はどうしたんだ」
「あっ、そうだ、それであのカビパンツが盗まれたかもしれないという事なんだけれど、どう思う?」龍生は話しをもどした。
「どう思うって、そんな事あり得ないだろう。それよりか、椅子に 座って話さんか、アイスコーヒーでも飲みながらさ」竜人は自分の部屋に戻り、 飲みかけのアイスコーヒーを片手に椅子に座った。
「そうだよな、どう考えてもあり得ないもんな、でも、あのカビパンツだけ無くなっていたんだよな、他のは、みんな在るのに、ジーンのも無事だよ」龍生は考え込んだ。
「不思議な話だな、だってよ、他にもいろんな下着が干してあった訳だろ、俺のや、リュウちゃんのも」
「それがさ、もっとおかしな事があるんだ」龍生は付け加えた。
「なに?」
「竜崎のパンツも干してあったのは一枚だけではなかったのに、よりによって、一番汚かった、洗っても落ちないカビだらけパンツを盗っていったんだぜ」
「なんか、そこまで、汚いとか、カビって言われると気分悪いな」ベンは憤慨した。
「しかし、これはかなりの変態事件だぞ」竜人は確証したかのように言う。
「そうだな、かなりのマニアだな、今ごろ匂いをかいだり、頭からかぶったりして楽しんでいるのかもしれないな、恐ろしい」龍生も調子に乗って竜人に合わせる。
「オイ! 二人で変なこと言うな、想像してしまったじゃないか、やめてくれ、ワシのパンツが犯される! いや、ワシが犯されているようで、 なんか気持ち悪くなってきた、オエー、吐きそう」
「汚いな、やめろよ、吐くのだけは、だんだん品が無くなってきたな」
「最初から品なんて有ったっけ? 君たちに」
「どういう意味だよ、ジーン」
「どういう意味も、フツウサ」
「また、それかい」
「しかしよ、どう考えても、あり得ないよな、あれは盗まないだろ、きっと暗くって分からなかったんじゃないのかな」
「でも、いくら分からないって言っても、あんな伸びきった、でかブリーフ、それに臭いんだぜ、いくらなんでも若い女性の下着には見えないし」龍生は、 なぜあのパンツだけが盗まれたのか理由を考えてみた。
「それじゃあ誰が持っていったって、言うんだろうね、心当たりないかい、リュウちゃん」おかしな含み笑いを浮かべて、竜人は龍生に目で合図を送った。
「オオ、そうだ、一人いたな、疑わしい人が」
「エッ、誰だいそれは」竜人は白々しく。
「それは、となりの・・・」
「オイオイ、その先は言うな、聞きたくない」ベンは言葉を察して止めようとする。
「聞けベンソン」
「やめろ!」
「耳をふさぐな、リュウちゃん押さえてろ、犯人はミセス・ロビンソンだ!」
「そんな事、あり得るな、ウワー! 考えたくない」ベンは頭を抱え苦しみうろたえる。
「ミセス・ロビンソンが、今ごろベンソンのカビパンツをかぶって楽しんでいたりして」
「バカ、やめろ知念、もう言うな」
「そうだな、冗談はこのへんにしてと、ミセス・ロビンソンに聞かれたら、大変だからな」
「そうだよ、どこで聞いているか分からないからね、地獄耳みたいな人だし、妖怪か? ヤバイ、ヤバイ」このカビパンツの行方は誰も知ることは無かった。 だれだ、持っていった奴は! 返さなくてもいいけれど。
〈あれっ? パンツの思い出だったッけ〉
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 寒さもまだ厳しい、ある初春の日。〈無視するな、こら!〉
 アリスの様子がいつもと違って元気がない。
「風邪でもひいたのかな、猫もやっぱしひくのかな? なんか全然元気もないし、餌も食べてないな、大丈夫か、こいつ」ちょっと心配ではあったが、 夕飯もすんでしばらく話などをした後、みんなそれぞれの部屋に入っていった。龍生は最後にストーブと電気を消し、ちょっとアリスの様子をうかがい自分の部屋に戻った。
「そうだ、この押入れの扉を窓の所に取り付けて、横長の製図机のようにして、蝶番も付いているし角度調節もできるぞ、これはいいかも、 早速明日の朝にでもやろう、ベッドの位置も変えてと、そうだ! 窓の所の壁の長さと、扉の寸法も測っておかないとな」
 龍生はメジャーを取りだし、今思いついた扉製図机計画の準備をはじめた。
 そうこうしているうちに、夜もだいぶ遅くなってしまった。と言うよりどちらかと言うと朝に近い。
「オッ、もうこんな時間になっちゃったよ、今日はもう寝て明日やろう。トイレに行ってと、そうだアリスはどうしたかな」トイレに行きしな覗いてみる。
「オイ、アリスどうした、ぜんぜん元気がないな、大丈夫かな、この部屋もだいぶ冷え込んでいるし、まだ僕の部屋に寝かせておいた方がましだな、心配だからそうするか」 トイレに行った後、龍生はアリスを抱え部屋に戻りストーブのそばにクッションを置きタオルをかけてやり寝かせた。やはり元気無くグッタリとしていた。 寝しなにストーブを消し、龍生もベッドに入り寝た。
「エッ! なんだ、僕は誰かと寝てたっけか、そんなわけないか、じゃあ誰だろう」耳元で聞こえる寝息に目を覚まし、まだ夢見心地な状態から覚めきらず、 かすかに聞こえる耳元の寝息に驚き、少しづつ意識もはっきりとしてきた。
「オイオイ、なんだよこれは、耳に冷やっとしたものが触れてきたぞ、寝息も大きく聞こえるし、誰だか知らないけれど横で僕の耳につくような近くに顔を向けて誰かが寝ているよ、 誰なんだ、誰かと寝た覚えはないんだけれどな」恐怖のあまり身動きもできず、じっと考えを廻らしていた。
「気持ちよさそうに寝ているな、そっと振り向いてみるかな、でも、エーッ、誰なんだ」気付かれないように、龍生はそっと振り向いた。
「エーッ、なんでお前が!」そこには、枕に頭をのせ布団にちゃっかり入って龍生の方に顔を向け小さな寝息を立てて気持ちよさそうにスヤスヤと寝ているアリスがいた。
「人をさんざん驚かせやがって、このやろう、ふざけるな」と言いたかったが、その気持ちよさそうに寝ているあどけない顔を見ていると、追い出すのもかわいそうに思い、 もうしばらくそっとそのまま寝かせておいてあげた。ついでに龍生も、もうひと寝入り。
 しばらくして目がさめた。横ではまだ気持ちよさそうに寝息を立てて寝ている。
「サァッ、そろそろ起こすか、アリス起きろ! 僕のベッドで寝るな」
 その声にびっくりして飛び起きた。まだ寝ぼけた様子でキョトンとしているが、すぐさま気が付いたらしく、 すばやい身のこなしでベッドから飛び降りドアの所でウロウロとしていた。龍生はドアを開けプレイルームへ追いやった。 昨晩とは違って元気そうである。具合も良くなったようで、無事、回復して良かった良かった。


第二章 参 ミセス・ロビンソン危機一髪につづく

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