-novels space-

- 夢見妙 -
yumemimyou

第二章 ミセス・ロビンソン


・・・一六  バイバイ、ミセス・ロビンソン・・・


 まだ肌寒さも残るが、日ごとに春の香りを感じてくる心地よい、ちょっと遅い昼に近い朝〈ややこしいな〉
「朝飯と言うか昼飯かな? どっちでもいいや、なんか食べよ」龍生は、台所に立って何気なく外を見た、そこには、まぎれもないミセス・ロビンソンの姿があった。
「あっ、ヤベェ!」どうしても条件反射で隠れようとしてしまう、これも性と言うものでありましょうか。〈それほどのもんじゃあない〉〈あっそう〉自己完結。
「アレ! 目があっちゃった」思わず両手の平で、目を隠すしぐさをしてしまった。
「ちょうど良かった、夢見ちょっと出ておいで」手招きして、ミセス・ロビンソンが呼ぶ。いつもと違い、神妙な趣で。それがかえって不気味である。
「ゲッ! 何だろうな、でもちょっといつもと違うな」戦々恐々として、裏庭に出て行く。やはりミセス・ロビンソンはいつもと違う様子で立っていた。
「他の連中も居るのかい?」なんとなく、歯切れが悪く元気がない、いつものあの張りのある男以上の迫力の、だみ声は何処へ行った。どうも何かを考えながら話している様子である。彼女の〈んっ? 彼女か? なんか不自然だな、言ってる私もいやだ、彼じゃあ、もっとおかしいし、他になんて呼べばいいんだ、あいつじゃ、殴られそうだし、あの野郎じゃ、殺されるし、あーっ どうしたらいいのか分からなくなっちゃったな、もうどうでもいいや〉あいつの、こんな様子を見たのは、はじめてである。
〈オッ! 度胸あるね、まちがいなく殺されるな〉
〈そんな! 勘弁してくれ?〉自己完結型妄想狂。
「エェ、まだ寝ていると思いますけど、呼んで来ましょうか?」何か様子が変なので機嫌を損ねてもいけないと、用心深く返事をする。
「あぁ、そうだね・・・ ヤッパいいや、また後でゆっくり話すから、まずお前に言っとくよ、お前らとの付き合いも一年足らずだったけど、結構楽しかったよ。いろいろあったけどな」
「ハァ? そうですね、あっ、どうもすいません」〈何で謝らなくてはいけないんだ、なんと言っていいのやら、言ってる自分も何を言っているんだ僕は?〉と問いただしてしまいそうである。
「実はね、早ければ今月の末には、ここを出ることになったんだ。ボブの勤務先が変わってね、今度はアメリカに行くんだよ」
「エッ! アメリカに行くんですか? 本当ですか!」いきなりの話ではあったが、居なくなるんだと、ちょっとホッとして、顔が、ほころびそうになるのをじっと耐えていると。
「うらやましいだろ、アメリカだよ、アメリカ、お前もそのうち遊びにおいで、英会話は出来るのかい?」
「いえ、あまり」
「だろうな、やっぱ英会話ぐらい話せるようにしとかなくちゃな、あたしなんか自慢じゃないけどねぇ、日常会話なら大体分かるよ、ブロークンだけど、でもな、生活の中で覚えたんだから、これが本当の生きた英会話って言うやつさ、なっ、そう思うだろ、お前もがんばれよ、そうだ、お前最近空手か何か習っているのかい? いつだか部屋で胴着を着て、型の練習をしていただろう」
「エェ、まだ半年ぐらいですけど」
「どこで習っているんだい?」
「学校の空手部に入っているんです。空手の総師範が月に数回来てくれます」
「何て言う道場の空手だい?」
「大山田師範と言う人で常真館と言う道場を作って、古武術から沖縄空手、合気道とどんな武道でも取り入れて新しい空手のあり方を見出そうとしているようなことを言ってました。なんでも九州では敵なしと言われた空手家だとかで、聞いた話なので実際のところ、よくわかんないんだけど」
「フーン、そうかい、あまり聞いた事はないね、まあ、何でも言いけれど、一度、はじめたら中途半端でやめんじゃないよ、ちゃんと長い事続けんだよ、実際私だってねぇ、若いころは武道をだいぶやっていたんだよ、あたしの場合は剣道、柔道、合気道と、他にも華道に茶道、芸道なんてな、それは冗談だがな、でも道の付くものだったら大概のものはやったね、本当さ、すごいだろう」自慢そうに語った。
「まあ、そう言うことだから、私が居なくなると淋しくなるかもしれないけどねって、本当は居なくなってホッとしているのか? 図星だろ」
「エッエエ、あっ! いえ、そんなこと無いです」あまりにも図星なので慌ててしまった。
「まあいいや、後で他の連中にも言うけど、お前からも言っときな、いいね」
「あっ、はい、言っておきます」龍生は部屋に戻り、少々興奮気味に、早くこの事を話したくて、ソワソワしながら、彼らの起きてくるのを待った。
「オウ! やっと起きてきたか」竜人がやっと部屋から出てきた。
「なに、リュウちゃんどうかしたのか、ソワソワして、ちょっと待ってくれ、出すもの出してくるからさぁ」トイレに入り、出てきた。
「手洗った?」
「そんな事どうでもいいだろう、大きなお世話だよ、それで、どうしたの」
「手洗ってないのか? バッチいな」
「しつこいな、リュウは」
「んー・・・、まあいいや、それでさ、ミセス・ロビンソンが」
「また、なんかやったのか、勘弁してほしいよな、それで今度はなんだって言うの?」
「いや違うんだ、実はね」
「なに、ニコニコしているんだ、リュウちゃんは、なんかいい事でもあったのか? そんなわけないか、ミセス・ロビンソンのことでいい事が、あるわけないもんな」
「それが、あったんだよ、これが!」
「本当か? 考えられんな、なにがあったんだヨ、さっさと言えよ」
「さっきから言おう言おうと思っているのに、ジーンがいろいろと言うから、なかなか話が進まないんじゃないか」
「そうか? そんな事は無いだろ。まあ何でもいいからさ、それで何があったの?」
「ミセス・ロビンソンが引っ越すんだってさ」
「なんだ引っ越すのか、エッ! 引っ越す! 居なくなるのか? どこに?」
「アメリカに」
「アメリカ! そんな大ニュース早く言えよ」
「だから、さっきから言ってるじゃないか」
「まあいいや、それで、いつ?」
「今月の末か来月のはじめじゃないかな、ミセス・ロビンソンは早ければ今月の末って言ってたけど」
「本当か、それ確かな情報?」
「間違いないヨ、本人から聞いたんだから」
「やった! よかった! 居なくなるんだ、とうとう! 良かったな本当に、これで自由の身だ」
「大げさだよ、それは」
「そうだ、ベンソン君にも知らせなくてはな」飽きもせずに、いつものように銃を片手にベンのベッドへと向かう。




 

「バーン」モデルガンの音が轟く「ベンジャミン起きろ」
「ワーッ! なんだ! なんだ!」毎回お決まりの大騒ぎである。
「ベンソン君、目は覚めたかね」
「何なんだよ、いいかげんにしろ」
「そう言わずに、いい知らせがあるんだ、まあ聞きたまえ」
「もう少し寝かしてくれよ」
「そんなこと言ってないで、もう昼になるぞ、いいかげんに起きろ、それにこの知らせを聞いたら眠気も一気に飛んじゃうよ」
「わかった、わかったから起きるよ」ベンと竜人が部屋から出てきた。
「それじゃあ、三人そろったところで、もう一度話そうか」龍生は二人にもう少し詳しい話をした。
「そいでな、剣道に柔道に華道に茶道だぜ」
「リュウちゃん、ちょっと待った、そんな話しはべつに話さんでもいいんじゃないか、興味無いし」
「そうか、結構面白いと思うんだけれどもな」
「話は大体わかったけど、それって本当なのか? だったらすごいな、目が覚めたよ」
「なっ、いい話だったろ、ベンソン君」
「なんかホッと、肩の荷が取れたって言うかさ」ベンはうれしそうに言う。
「なんか変なたとえだけれど、その気持ち、わかるな」竜人も共感する。
「後で二人には、またゆっくり話すって言ってたぞ、ミセス・ロビンソンが」
「ウワッ、もう話したくないよな」
「聞きたくもない」
「そう言わずに、まあ、いろいろおごってもらった事もあるし、多少は世話にもなっていることだし」
「そうか? ワシはそれほど世話には、なっていないけどな、夢は良く電話を借りに行ったり、一番気に入られていたからな」
「なに言っているんだよ、竜崎だって、いろいろとご馳走になったりしたろ」
「まあいいじゃないか、やっといなくなるんだから、そうだ、なんかお別れのプレゼントでもしてあげようか」竜人が言い出す。
「オッ、いいねぇ、なんか面白いものがいいな、ミセス・ロビンソンが驚くような」龍生も考えてみる。
「うーん、なにがいいかな?」三人そろって考え込んだ。
「音楽でも録音して渡すか」竜人が提案する。
「そうだな? うーん・・・そうだ! 言いたい事をみんなで録音するっていうのはどうかな」龍生も提案する。
「怒られそうだな」ベンが言う。
「何を言おうとしてるんだ? ベンソンは」
「大丈夫だよ、アメリカに行っちゃうんだから」龍生の意見。
「それじゃ、替え歌でも作るか」ベンの提案。
「そうだ! それならこれしかない! ミセス・ロビンソン! これだ!」三人の気持ちは一つになった。皆さんは当然ご存知であろうが、ちなみに、この曲は卒業の映画の中でサイモンとガーファンクルが歌っているミセス・ロビンソンと言う曲の事である。〈そのまんまだな〉
「さぁ、それじゃあ準備をしようか、リュウちゃん卒業のレコードジャケット持っていたよな、あれに歌詞が入っていただろ、持ってきてくれないか?」いつものように竜人が仕切り始める。
「オウ!」勢いだって取りに行く。
「はりきってるなぁ」
「ハイよ、持ってきたぞ」
「歌詞を出してくれるか?」
「いいよ――ないなミセス・ロビンソンは入ってないや」
「書いてないのか? 仕方ないな、リュウちゃんさ、レコード聞いて、書き取ってくれ、それをカタカナで書いといて、三枚な、大体でいいからさ」
「エー、大変だな、竜崎も手伝ってくれよ」
「オォ、わかった」二人でなんとか歌詞は完成した。
「後は・・・? んー・・・? 」竜人は、しばらく考えて。
「いつものようにそれぞれ楽器を持ってきて、適当に合わせればいいさ」 結局、軽いノリである。
「それじゃあ、どんな風にするか決めようか」龍生も何か言っておかねばと一言。
「んー? まずは歌ってみようか」ベンも一言。
「俺とベンソンでサイドとリードをやるからリュウちゃんは、パーカッションとフルート担当な、適当に合わせて入ってきてくれ、歌は歌詞を見ながらみんなでな。ベンソーン、ギター持って来いよ」
「あっ、そうか、すぐ持ってくる」慌ててとりに行く。
「きーみー」竜人が突っ込みの一言。
「オウ、持ってきたぞ、ベンソンギターなんちゃって」
「なんちゃってじゃないだろう、君、それを言うならギブソンだろう」
「お前がのってどうする」三人での寒―いコントも終わり。
「さあ、それじゃあ、始めてみようか」竜人がギターを抱えたその時。
「ちょっと待った、あのさあ、何か言いたい事を言うんだったよな、いつ言えばいいんだ、曲の中でか?」ベンはその事が気になっていた。
「そうだなあ? どういった風に組み立てようかな」竜人が考えていると。
「やはり重要なポイントは構成だな、音楽の基本は、ブルーノートだ、シンコペーションによる曲想の云々、そしてコード進行の如何でそのハーモニーの良し悪しは決まってしまう、であるからにして、音楽における表現とは絵画の抽象性に類似するものである。しかしながら、いかなる分野のものでも、人を介して表現されたものは、すべからく、抽象性を帯びてくる、具象作品と言っているが、厳密に言えば抽象もはなはだしいのである。ようするに、イメージの表現こそが、抽象性の表れなのだ。イメージとはその人間の中だけに内在するものではなく、すべての社会、いわんや、この大宇宙、知りえる限りの情報の中で、いや人類、はたまた生命の進化の過程におけるDNAの記憶、その奥底に眠るイメージの世界、それより発してくるイメージこそが、真なるイメージなのだ。っていいかげん誰か止めてくれー」
「どこまでリュウちゃん行くのかなっと思って見ていたんだけどさ」
「ハイハイ、ご苦労さん、ご苦労さん、夢も良くやるよ」ベンは呆れ顔である。
「冷たいなー、おまえら」
「そんな事より、どうするか決めるんだろ、もう俺が決めちゃうよ?」
「いいよ、ジーンが決めてくれ」
「まずみんなで普通に歌うだろ、その後で一人づつ順番に、言いたいことを言って行くんだ、その間もBGMは弾きつづける、分かってるねベンジャミン君、そして最後にお別れの言葉をみんなで、というのはどうかな」
「いいんじゃないか」
「それで行こう」みんなの意見がまとまったところで。
「さあ行こうか、エーゴーテンーシャ」竜人が何やら、わからない言葉を言った。
「オイオイ、なんだそれ」
「なんだそれって、掛け声さ、ワンツースリーみたいなものさ」
「フーン、まあいいや、それじゃあ続けて」
「ユメミー、何度も止めるなよ、早くやろうよ」ベンは少々いらだってきた。
「ごめんごめんのめんご、もう言わないから、はじめよう」
?♪ミセス・ロビンソン♪???♪?ヘイヘイヘイ?♪と始まった。そして最後の送る言葉へと続いた。
「?♪それじゃあねー♪???♪バイバイミセス・ロビンソン♪??もう帰ってくるなーんちゃってーー♪?いいかげんにしろー正宗?♪?ゴリラーおマンでんなー♪?♪しねーテンダラ曼荼羅?♪あっほーUFO♪?ブスーだら節?♪?うんこー? どうしよう?♪ちょっと待て、最後のほうの言葉の連呼はまずいだろう、誰だ言ったの?」竜人が慌てて止める。
「そうだよ、ごまかしきれてないし、これまずいだろ、こんなのプレゼントしたら後で何されるかわからんぞ、やっぱヤバイよ」と龍生も心配顔で。
「でも、アメリカに行っちゃうんだろ・・・そうだ、アメリカに着いてから開けるように言えばいいんだよ」とベンはのんき顔である。
「そうだな、アメリカに行っちゃえば怒ろうが、どうしようと、もう会うこともないんだし平気だよな」竜人もその気になる。
「しかし、こんなごまかし方でいいのかな、それに最後のうんこは、ヤッパまずいだろ。誰だ言ったの」龍生が尋ねる。
「俺じゃないよ」とマジな竜人。
「ワシでもない」とすまし顔のベン。
「そんな訳ないだろうって、声を聞けば誰が何を言ったか、すぐにわかっちゃうよ」
「何を言ってんだよ、お前も言ってるじゃないか」ベンが龍生を突っ込む。
「まあ、ほんのちょっとだけ」
「ちょっとだって、言った事には変わらないよ、なあ」とベンが竜人に振る。
「なあって、お前が一番言ってたぞ」
「まあ、ちょっとな」
「ちょっとじゃないよ」
「まあまあ、そんな事はいいじゃないの幸せならば、おっと久しぶりに言ってしまった」
「寒」
「まあどっちにしても、アメリカに行ってからのお楽しみだな、そう言う事でバイバイミセス・ロビンソン、さいなら、さいなら、ほんと映画っていいものですよね」
「ちがうだろ」


一七 その名はブラッキー

目次に戻る

TOPへもどる