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第二章 ミセス・ロビンソン


・・・一七  その名はブラッキー・・・


 アリスがいなくなってから四ヶ月ほど経ったある朝。
龍生は部屋で油絵を描いていたのだが、昨夜から時々裏庭の方から聞こえる、蚊の鳴くような弱弱しい猫の鳴き声が気になり、キッチンの窓から覗いてみたのだが草が生い茂っているために確認できないのだ。なぜならミセス・ロビンソンが引っ越してから大家も隣を貸す気もないので、空家のまま、もう三ヶ月近くになる。その間、なんの手入れもしないため、雑草が生え放題で鬱蒼としている。龍生は絵筆を置き、部屋を出た。
「オウ、竜崎、今日は早いじゃん。ところで、さっきから、なんか猫の鳴き声がしないか?」
「そうなんだよ、ワシも気になってさあ、夜中からずっと鳴き声が聞こえているんだよな」
「裏庭のほうから聞こえてくるよな」
「そうなんだけど部屋からじゃあ、草が邪魔してぜんぜん見えないんだよな」
「庭に出て探すか」
「そうだな」
「何さっきから騒いでいるんだ、君達は」竜人も部屋から出てきた。
「いや、なんかさ、裏庭の方で猫の鳴き声が昨夜からしているんだけれども、今にも死にそうな弱弱しい声なんだよな、気になってさ」
「見てくればいいじゃないか」
「だから、今行こうとしている所にジーンが出てきたんじゃないかよ」
「あっ、そうか、じゃあ早く行ってこいよ」
「なんだよ調子狂うなあ、さあ、竜崎行こう、あれ、居ないな、こっちかな、ここにもいないな、この中かな」
「そんなゴミ箱の中に居るわけ無いだろうって、つまらんギャグやるなよ、リュウは」
「なんだ、もう裏に行ってるのか」何もなかったかのように。
「オオ、なんか草むらの中にダンボール箱がすててあるぞ、中に黒い猫が入っているぞ、まだ、だいぶ小さいな、夢早く来いよ、なにグズグズしているんだよ、ダンボール箱を取り出すから受け取ってくれ、中に子猫が居るから気を付けてな」ベンは生い茂った草をかき分け茂みに入り、取り出した。
「わかった、よし! 離していいよ、しっかりと持っているから」
「本当にまだ小さいな、どおりで鳴き声が弱弱しいわけだ、大丈夫かな」
「どっちにしても、まず部屋に連れていこう」




 「どうだった? その中に居るのか?」竜人も気になるらしく箱の中を覗く。
「まだ小さいじゃないか、死んでしまわないか?」
「お腹がすいているかもしれないから、牛乳でもやってみるか、夢、冷蔵庫から牛乳を取ってくれ」龍生が牛乳を持っていくと。
「なんかガーゼみたいな柔らかい布はないかな、スポイトでもいいんだけど」
「牛乳を吸わせるのか、そうだよな、普通には飲みそうもないよな、ガーゼならあるよ、木炭デッサンで使ったのが、ちょっと黒いけど」
「おい、それ、汚くないか」
「冗談、冗談、ちゃんとしたのがあるよ、薬箱の中に、ハイこれ」
「あるんなら最初から出せ、冗談を言っている場合じゃないだろう、人が必死でやっている時に、何考えているんだよ」
「そんなに言う事ないじゃないか、ちょっとした出来心なんだから」
「リュウちゃんは、そういうちょっとずれた所が有るんだよな、どうせ冗談をやるのなら、私のようにハイレベルな質の高いポイントをがっちりと掴んだユーモア溢れる」
「わかった、わかった、勝手に溢れてなさい、さあ、ミルクを飲ますぞ」ベンはガーゼに牛乳を染み込ませ子猫の口のところへ押し当てた。
「飲んでいるみたいだぞ」子猫は口の中に、したたり入る牛乳をモグモグと飲んだ。
「飲んでる、飲んでる、ヤッパお腹がすいていたんだな」
「きっと夜中に誰かが捨てて行ったんだな、雨でも降って気付かずにいたら死んでたよな、可哀想なことするよな」龍生はその捨てていった人の気が知れず、ちょっと悲しく思った。
「そうだよな、本当に、人の情けっていうものは無いのかって言いたいよな、お前はよかったなワシ達に拾われて」ベンもしみじみそう思うのであった。
「そうかなあ、この猫にとって、本当によかったのかな、わからんぞ、何がこの猫にとって幸せなのかはな、なんてなこと言ったりしちゃってよ、まあいいんじゃない、どうでも」竜人はベンを茶化してみせる。
「このやろう、知ったような事を言うな」ベンが言い返す、いつもの事である。
「ところでこの猫ここで飼うんだろ、ちょうどアリスも帰ってこない事だし」
「そうだな、元気になってここに飽きて出て行くまでな、それまでリュウちゃんも、ちゃんと子猫の面倒を見るんだよ」竜人はからかい半分に言う。
「子供扱いするな」
「そんな事はどうでもいいから、ところで、名前何てしようか」ベンが話を戻す。
「そうだな、決めるとするか、そーなー? そう言えば古い漫画に出てくる犬でのらくろ一等兵って言うのが有ったよな、その犬の模様に似てないか?」と竜人が言う。
「オウオウ、似てる、似てる、口のあたりだけ白くてあと黒いところなんか、でも、のらくろって言うのはどうかなあ、だって犬じゃないし、まだ小さな子猫だし、もうちょっと可愛い名前がいいな」一応、意見を言ってみる龍生。
「それじゃあ、黒いから、くろって言うのはどう」ベンが言った。
「くろか、くろって言うのも当たり前過ぎて面白みが無いな」
「ところでその猫、オスかメス、どっちなんだ? それが、わからんと決めようが無いんじゃないか」竜人が気づく。
「それもそうだな、竜崎検査官、ちょっと調べてみて」龍生がちょっとふざけて言う。
「いつから検査官になったんだよ、勝手にするな、ちょっと調べるからな、はいはい、じっとしてろよ、エーと、ちっちゃいのが有った、オスだ」
「オスか、そーか、それじゃあ、ベン太郎にするか」また竜人がからかいだした。
「や め ろ、真面目に考えような」
「あっ、こう言うのどうだ、中学の英語の教科書に黒い犬でブラッキーって言うのが出てきたよな」龍生は思い出して言った。
「ああ、ブラッキーな、覚えている、覚えている、いいかもな」ベンも気に入ったようである。
「いいんじゃないか、ブラッキーで、じゃあブラッキーで決まりな」竜人も納得。
「ハイ、決定!」三人は打ち合わせたようにハモった。
そして数日が過ぎた。
「ブラッキーも、だいぶ元気になって、自分で食事も出来るし、良かったな、拾ってきたときは死にそうだったからな」ミルクも一人で飲み、やわらかい物であれば多少食べられるようになった。
「これでお前もハウスの一員だな、たくさん食べて大きくなれ、ブラッキー」


第二章 一八 ベンソン君の幻灯会

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