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yumemimyou

第二章 ミセス・ロビンソン


・・・一八  ベンソン君の幻灯会・・・


  「オイ、夢居るか」部屋の戸の向こうからベンの呼ぶ声が聞こえる。
「ああ、ちょっと待って」龍生はクロッキーブックを開き新しいイメージを探っていた手を休め戸を開けると、ベンは妙にソワソワと楽しげな様子で立っていた。
「竜崎、どうしたの、なんか楽しい事でも有ったのか?」
「うんっ? いや、べつに」
「なんか、あやしいな、まあいいや、それで?」
「あのさ、夢さ、あれ持っているだろう」
「あれって何だよ、あれじゃあ、わかんないよ」
「あのう、写真の現像で使う引き伸ばし機」
「引き伸ばし機か、いいよ使っても」
「そうじゃなくて、まあ、後で借りる事になるんだけど」
「うん、だから? なんかハッキリしないな、それで、どうして欲しいわけ」
「オオ、あのさ、引き伸ばす時に、なんかフイルムをはさむ物があるだろ」
「ああ、あるよ」
「それって大きさが決まっているのか?」
「なんで? なんか変わったものでも現像するのか?」
「いや、そうじゃないんだけど、今は、ちょっと言えないんだけど」
「なんで言えないんだよ」
「いや、ちょっと、おもしろい事を、思い付いちゃってさ、完成したら見せるから」
「フーン、それじゃあ、まあいいや、楽しみに待っているよ」
「それで、その大きさなんだけど、どうなの?」
「ああそうか、その事な、俺が持っているのは三十五ミリ用のだけど、他にもロクロク用やロクナナのもあるし」
「ロクナナって何センチぐらいの大きさ」
「そのまんまさ六センチ×七センチの大きさだよ、きっと」
「きっとって、なんなんだよ」
「実際定規で計ったこと無いからさ、おそらく、そうだろうなっていう事さ」
「推測かよ、大丈夫なんだろうな」
「実際の物があれば、ハッキリするんだけれどもな」
「夢、それ買う予定ない?」
「まあ、いつかは必要になるだろうから、買っても、いいんだけれど」
「じゃあ、買おうよ、いっしょに行くからさ、いつか買いに行こうかじゃなくて、今すぐ買いに行こう」
「お前、勝手に決めちゃうなよ」
「まあまあ、そう言わずに、先生! リュウちゃん先生!」
「お前、バカにしてんのか」
「そんな、とんでもない、滅相もありませんがな」
「やっぱ、バカにしてるだろう」
「そんな事絶対無いって、ほんと・・・かな?」
「ほれみろ!」なんのかんのではあったが、結局のところ二人で買いに行くことになった。
「どこに買いに行くの?」
「前に僕のカメラ、ニコンFを一緒に買いに行ったろ」
「ああ、立川のイシズカメラって言ったかな」
「そうそう、そこ、引き伸ばし機もあそこで買ったんだ」
「それなら近くていいや、じゃあ、早く行こう」
「あっ、そうだ、竜崎今日ブラッキーに餌やったか」
「ああ、さっき牛乳と煮干を噛み砕いてあげたよ」
「それならいいや、しかし、お前、ほんと調子良過ぎだよな、まあ、行くか」二人は自転車に乗って出かけた。
「竜崎! その自転車、ペダルを踏む度に、きしむ音がするな」
「そうなんだ、夢これ直らないかな」
「ペダルのところを分解して、ボールベアリングを掃除してグリースを入れ替えれば直るかもな」龍生は幼い頃からなんでも分解するのが好きで、時計などよくバラバラにして、元に戻せなくなり、しょうがなく歯車をこまの代わりにして遊んでいた。その時、兄に、こまばかりにして、どうするんだと叱られた事がある。当然、その頃には元に戻せず、壊し屋と言うあだ名を付けられたくらいであるが、おかげで今では壊れたものを直すのが得意である。
「今度みてくれないか?」
「べつに、いいよ」
「もう着いたぞ、それじゃあ中に入って探してみようか」
「夢、どこにあるんだろうな」
「現像関係は奥の方にあったと思うよ」
「夢、おい! なにカメラなんか見てるんだよ、早く探そうぜ」
「良いじゃないかちょっとくらい見ていても」
目的の物は有ったが、値段がピンからキリまで有って、当然、そのキリを買ったわけである。




 その日の夕方
「リュウちゃん、ベンソンは居ないのか? 今日は一度も見かけてないなあ」
「いや、部屋に居るはずだよ、昼頃一緒に買い物に行って、帰って来てから部屋に閉じこもっているんじゃないか」
「閉じこもって、いったい何をしているんだ?」
「なんか内緒らしいんだよ、完成したら見せるって言ってたけれどもね」
「何を一人で、コソコソと、戸を開けてやろ。んっ、開かないな、カギを掛けてるぞ」
「なんでもいいから、ほっとけよ」
「じゃ、ほっとくか」
次の日も、トイレと食事ぐらいには出て来たのであるが、ほとんど顔を見ることがなかった。そして三日目の夕方近くである。
「出来た! 完成したぞ! 夢! 引き伸ばし機を貸してくれ」ベンが部屋から出てきた。
「オウ、やっと出来たのか、それで、何が出来たんだ?」
「それじゃあ、ちょっと部屋に来て見るか?」
「見る、見る」
「まだ映してみないと、どんな感じか、わからないんだけど」
「これを作っていたのか、ふ―ん、アセテート・フイルム?」
「何かは、わからないけど、先日、画材を買いに行った時に見つけたんで、何かに使えそうだなって思って買ってきたんだ」
「このロール、伸ばしたら、どのくらい長いんだ?」
「結構長いよ、どのぐらいか、計って見ないと、わからんな」
「このロールに、一コマ、一コマ、描いていったのか、良くやるなあ!」
「描きはじめたら夢中になちゃってさ、気が着いたら、この長さになっていたって言うわけなんだな、これが」
「へーえ、でも良く出来ているよなあ! 六×七幻灯用アニメフイルムロール作品って言う感じかな、それで引き伸ばし機のフイルムを挟む器具をほしがったって言うわけか、ふ―ん! 人に買わせて勝手なやつだな、まあいいけれどさ」
「まあ、そう言われると、何とも言い様のない事なんだけれど、そんな細かい事は気にしないでさ、それで一度見てみたいんだけれども、引き伸ばし機を貸して」 「そうな、ちょっと考えさせてもらおうかな、なんてウソだよ、いいよ、それじゃあ、広い所で映そう、プレイルームがいいな、それじゃあ、運ぶの手伝って」二人で映写の準備をしていると、物音に気付き竜人が部屋から出てきた。
「んっ、何やっているんだ二人で、ベンソンやっと出てきたな、何、部屋にこもってやっていたんだ?」
「今見せるから、待っていろって」
「なんだか大掛かりだな、レントゲンの機械か?」竜人が冗談を言う。
「そう言えばちょっと、似ている、わけないだろう」
「リュウちゃん、一人でノリ突っ込みするなよ」
「そんな事はいいから、早くやろうぜ、どんな感じに出来たか見たいからさ」
「わかった、わかった、竜崎、そう焦るな、すぐにセットしてやるから」
「外も暗くなったし、映写会には、ちょうどいいな」
「準備できたぞ、それじゃあ始めようか、竜崎さ、こっちからフイルムを押し出すから、そっちで巻き取ってくれ、いいか、よし、明りを消してくれ」
「オオ、結構綺麗に映っているじゃないか、竜崎、ちょっと映像に合わせて、ナレーションをやれよ、あとセリフも、そうだ! ぼく達も適当にセリフを入れてもいいか?」龍生も乗ってきた。
「それじゃあ、テープレコーダーを持ってきて、録音しようぜ」竜人も乗る。
「ワシこの間、中古のテープレコーダー手に入れたんだ、買った訳じゃあないんだけれど」
「どこで拾ったんだ、竜崎」
「いやベンソンの事だから、きっとどこからか勝手に持ってきたんだな」
「バカ、人を泥棒みたいに言うな」
「違うのか」
「当たり前だろ、バイト先の知り合いにもらったんだよ」
「まあそんな事はどうでもいいから早くやろう」龍生は早く見てみたかった。
「そうだな面白そうだな、やろう、やろう」竜人も乗る。
「ミャー、ミャー」
「なんだ、ブラッキーも録音するか?」竜人がブラッキーに話しかけた。
「そうだ、ジーンさ、途中適当なところで、ブラッキーの鳴き声も入れてやれよ、」
「そうだな」
「それではフイルムスタート」ベンが仕切った。
「オイ! 夢、画面だけ見てないでそっち引っ張れよ、で、ないと先進まんぞ」
「オオ、そうだった」
「黙ってみんなで見てるんじゃ、おかしいだろう、テープ回っているんだからさ、余計なのばかり録音しちゃったさ、いったん切るぞ、それから、ベンソン、タイトルかなんか言えよ、きっかけがないと始まらないからさ」
「そうか、それじゃあ、タイトルはみんなで言おうか?」
「そうだな、それもいいかもな、それからさ、BGMに、オープンリールを使って、何か感じのいい曲を流すか? ・・・・しょうがないな俺のを持ってきてやるか」竜人が取りに行く。
「さあ、始めるか、効果音のほうはいいな、打ち合わせた感じでな、OK? スタート」
「ところでタイトル、なんて言うんだっけ」
「ところでじゃないよ、夢、ストップ、ストップ」
「そう言えば俺も知らないや」
「そうか? まだ言ってなかったっけ、わるい、わるい、ワシがいけなかったんだ、エーとね」
「考えてあるんだろうな」龍生はちょっと疑ぐり気味に聞く。
「もちろん、当たり前だのクラッカー」
「そのギャグ古くねえか?」
「んーっ、ちょっとね」
「ちょっとじゃないだろう、相当だよ」
「それはいいとして、それより、タイトルは、壮絶バブッと大作戦って言うんだ、どう?」
「どうって、別にいいんじゃないか、なんかバブバブ、オナラで空飛んでいたからな」
「あとさ、さっき竜崎がクソみそ好みのなんとかって言ってたよな、ヤッパリ竜崎の作品のタイトルはもっと臭そうな方がいいかもな、たとえば、壮絶クソみそ好みの屁がバブッと大作戦とか」
「それはちょっとまずくないか? リュウちゃん」
「そうか? いいと思うんだけれどもな」
「いい訳ないだろう、そんなの。それじゃあ、さっきワシが言ったので行くから、みんなそろえて言ってくれよな」
「わかった,OK」
「それいただき」いきなり思いついたらしく叫ぶベン。
「何をいただきなんだよ?」龍生がなんだと言わんばかりに聞く。
「こう言うのはどう? 壮絶OKバブッと大作戦、どうかな」ベンが確信を持ったかのように言った。
「ハーア! まあ作った本人がよければ良いんじゃないか、なっ、ジーン」
「べつに、良いんじゃないか、フツウサ」
「ブラッキーわかったな」龍生が尋ねる。
「ミャー」
「よし、それじゃあ、スタート」ベンが仕切る。
「そうぜつOKばぶっとだいさくせん」「ミャー」三人と一匹、そろって大きな声でハモった。BGMを流し、いろいろな楽器で効果音を付け、それぞれの場面の絵に合わせて、アドリブでセリフを付けていった。
「OK、スイッチ切っていいよ、明りつけて」ベンが指示する。
「じゃあ、今の見てみようか、なっ、ベンソン」竜人は一応ベンを立てる。
「けっこう面白いな、でも、なんで僕だけ最後まで生き残らないんだ、お前ら二人だけ残って、それにあのキャラはなんだよ、まるでフランケンシュタインだろが、あれじゃあ、首にネジは付いているし気分悪いな、いつか僕が作る時には絶対にお前達を殺す、覚えていろ」
「そんな事で恨むなよ、リュウちゃんはそういうキャラなんだよ、だって最近だんだんと佐伯雄三に似てきているし、長くは生きそうにないっていったイメージなんだよ」
「勝手に決めるな」
「まあ、いいじゃないか、他の連中も戦死するんだからさ」竜人はなだめようとする。
「ブラッキーなんか出てもいないんだぜ」とベン。
「当たり前だろう、まだ小さいんだから」
「それは、関係無いと思うけど」と竜人。
「他の連中と同じように扱うな、まったく、今回はもういいけど、いつか思い知らせてやるからな、覚えてろ」
「執念深そうだな、忘れろ、忘れろ、忘れてしまえー」ベンは催眠術でもするかのようなしぐさをした。
「せっかくここまで出来ているんだから、この話に出てきている連中を呼んで映写会でもするか」竜人が提案する。
「それいいね、その後みんなで飲もう」龍生も乗ってきた。
「明日にでもみんなに連絡な」ベンは楽しそうである。
「さあ、それじゃあ、完成を祝してビールでも飲んで、食事にしようか」と龍生が言う。
「オッ、もう忘れているみたいだな、リュウちゃんは」
「なんだ? 聞こえたぞ、しっかりと覚えているよ、忘れるもんか」そして数日後、みんな集まって映写会をしたところ、かなり受けてベンは満足そうであった。
「けして、私は忘れんぞー、明日には、忘れそうだな」


第二章 一九 未知なるもの、それは

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